ストレス歯痛 歯科医を漂流ストレス歯痛 歯科医を漂流
<心理療法、かみ合わせがポイント>
歯痛、あごが閉じにくいと歯医者にいっても、いっこうによくならない経験。
そのうち肩凝り、頭痛へと広がる。新しい治療の試みが登場している。
ライター 浜野雪江 編集部 江口和裕(写真)
専業主婦の美恵子さん(30)はある日、口を開けると左あごの関節がカクッカクッと鳴る感じがすることに気が付いた。
近所の歯科医に行くと、睡眠中の歯ぎしりであご関節がうまく開かなくなっている(顎関節症)と診断され、歯ぎしり防止のために、眠るときに歯にかぶせるプラスチック製の装置(バイトプレート)を作ってくれた。
だが、半年たってもあごの調子はよくならなかった。
朝、起きた時には必ず頭痛がするようになった。疲れやすく、首・肩の凝りもひどい。今までと同じ下着をつけても、締め付けられる感じがして苦しい。通っていた歯医者に相談したがとりあってもらえず、わらにもすがる思いでインターネトで歯医者について調べた。
検索するうちに目に留まったのは。「頭痛、肩凝りなど、不快な自覚症状を伴う歯科疾患を治療する」という説明。「心療歯科」とあった。
ストレスが原因となった歯痛の例や治療法について詳しく書かれたホームページを読み、「この先生ならわかってくれるかも」と、千葉県市川市の岡永歯科を訪れた。
<歯だけ診ても治せない>
虫歯や歯周病などを治療する一般歯科に対して、心療歯科は、歯や歯ぐきの検査にしても、不調の原因が見当たらない症例を診察する。
歯痛は葉肉の炎症、口内の異物感、ものがうまくかめない、舌がジンジンするなど症状は様々だが、頭痛やめまい、耳鳴り、肩凝りなどを併せて訴える人が多い。
近年、大学病院が心療歯科を開設する動きに加え、開業歯科医の中にも、歯と心身の相関関係を重要視する歯科医が増えている。
岡永歯科の岡永覚院長は10年前から、顎関節症の患者を大勢診るうちに、歯だけ診ても治せない患者がいることを実感してきた。
患者の悩みやストレスに対応して治療をするために4年前、日本心理学会認定の心理士資格を取得した。
患者にシンリテストを行ない、職場や家庭の悩みなど、ストレス性の原因が認められた場合は、くするをなるべく処方せず、カウンセリングとあごの筋肉の緊張を訓練、催眠療法、整体術などで治療する。
見た目の歯並びをよくするため、ある審美歯科で健康な歯6本を削り(左)、義歯をかぶせた(右)25歳女性の歯型模型。
身体の不調を感じ、林歯科に駆け込んだ。
治療に入る前、左右のあごの筋肉に低周波を10分あててリラックスを促す。右は岡永院長。
歯ぎしりで歯がすり減った40代男性の治療前(左)と治療1年目の歯牙模型(右)。中央はバイトプレート。/岡永歯科
心身のリラックスを保つための家庭療法として、フットケアやアロマテラピーも指導する。岡永院長は、「治療効果はダイエットと同じ。根気よく続けることが大事。」と話している。
ストレスは、身体症状や精神症状として現れることがある。ストレスがィにきて胃潰瘍と診断されることがあるように、身体の部分に表現されることを器官選択という。
<20か所巡り歩く「強者」>
体質的に弱い部分に出ることが多いが、「一番くるのが首から上」と東京医科歯科大学歯学部付属病院頭頸部心療科の小野繁教授は指摘する。
緊張すると、人は無意識に置く場をかみ締める。ストレスがたまると睡眠中のかみ締めや歯ぎしりが増え、歯と関節、筋肉に負担がかかる。
口を開け閉めする咀嚼筋が凝ると顔の筋肉も凝り、首のまわり、肩へと凝りはひろがる。腰痛になる場合もある。
凝りが側頭筋に伝われば眼球を動かす筋肉も疲れ、頭痛やめまい、目の疲れや吐き気、さらにしびれなどにつながってゆく。
「頭頸部に起こる異常韓の中には、その人それぞれを取り巻く背景、性格的な問題、生活歴などの要素を含めて考えなければ解決のつかない症状がある」と小野教授は話す。
担当外来には、治療法がないまま数年にわたり10〜20カ所の医療施設を受診してきた「強者」の患者が多く訪れる。
パソコンのソフト制作をしている女性(52)は、肩凝りやあごの痛み、睡眠障害を訴え、4年前から歯科医院、整形外科、神経内科、婦人科更年期外来などを受診してきた。
あごを引っ張ったり、暖めたりするなど整形外科的治療を続けていたがよくならず、歯科医院から顎関節症として、小野教授の同病院頭頸部心療科を紹介された。
診察の結果、顎関節症ではなく、あごの筋肉の緊張が強すぎて、下あごの位置がずれていると診断された。
また、仕事上での緊張と子どもの教育問題などが慢性的なストレスとなっていることもわかった。
治療は、かみ締めを減らすために、下の歯に厚さ0.5ミリのシリコン製の装置(バイトプレート)を装着。痛みの原因はストレスであることの説明とともに心理療法を行い、抗不安薬を処方。
その結果、1か月で睡眠障害は改善され、5〜6か月でかみ合わせ状態もよくなった。小野教授は言う。「スオtレスがどのように身体に現れるかをよく見て、どのように遮断していくかを、患者さんといっしょに考えるのが我々の治療。お手伝いできるのは50%。残りの50%は、患者さんが意識を変えていかないと治りません。」
前出の美恵子さんも、整体術と顔面の筋肉をゆるめる訓練、あご関節のストレッチといった治療を繰り返し、4か月がたった。不快な症状はまだ残っているものの、今後の効果に期待している。岡永院長は言う。「歯に現れる不調の原因を、すべてストレスと考えるのはよくないが、関係ないと決めつけないことも大事。患者さんはもっと柔軟に考え、医者側はもっと患者さんの話を聞いてあげるべきだ。」
東京都中野区の林歯科では、「かみ合わせと全身の健康」を主眼においた治療をしている。やはり、心理テストによるストレスの状態などとともに、重きをおくのがかみ合わせだ。
<各人独自のかみ合わせ>
かみ合わせの異常は、歯型模型をとるほか、あご関節の触診とレントゲンで診断する。かみ締めの強さ、使うあごの偏りなどが、歯の異常だけでなく、肩凝り、頭痛などにつながっていた患者は多い。
たとえば、右のあごばかりでかんでいると右の筋肉が発達し、頭が右に傾く。体は頭をまっすくにしようとひっぱるために左の方がはるという具合だ。
チャートは自己診断の方法と、自宅でできる簡易矯正トレーニング法だ。
かみ合わせ検査の結果、歯の高さを少しずつ削るなどして調整したり、かみ締めをゆるくするトレーニングや、あごの力をぬく訓練などを行ったりする。
林晋哉院長は、「人にはその人なりのかみ合わせパターンがある。それぞれの癖に合わせて、例えば30歳の人には30年かけてできあがった咀嚼システムがある。不調はそのシステムの狂いといえる。突然歯に違和感を感じても、すぐに歯科治療をする必要はない。かみ合わせの異常もよく考えるべきだ。」と警告する。
その林医師のところに、かみ合わせを無視した歯列矯正や歯科治療によるトラブルで、駆け込む患者が増えている。
自営業手伝いの雅代さん(36)は、歯科衛生士だった11年前、歯並びの見た目を整えるために歯列矯正を開始した。
歯を移動させるスペースを確保するために、親知らず3本を含む7本を徐々に抜歯。上下の歯にワイヤーを装着して1ヶ月がたったころ、頭と歯、あごに、「カッキーンというすごい痛み」を感じ始めた。
口が開けづらくなり、一時期は、食事もミキサーにかけて汁状にしたものを飲んだ。
<勝負はミクロン単位>
肩凝りが増し、ひどくなると吐き気を伴い横にならずにはいられない。左右ともに0.5だった視力も、1年10ヶ月後にワイヤーをはずした時には、0.2、0.07にガタ落ちしていた。
矯正中に経験した出産の影響だろうと思っていたが、どうも違った。出産後も肩凝り、頭痛が続き、新聞記事で見た林歯科を訪ねた。
かみ合わせを確保するための微調整、開口訓練などの治療を受け、6ヵ月目から徐々に体調が改善していった。
ワイヤーで力を加え歯を移動させる歯列矯正は、咀嚼パターンが成熟した成人に行う行う時、機能していたかみ合わせを失う結果になる場合があるという。林晋哉院長と、歯科技工士の林裕之さんは言う。「かみ合わせを考えない矯正は、その人が長年の間に確立した咀嚼システムを壊していくこと。かみ合わせの勝負はミクロン単位。歯は、容易にいじってはダメ。」
歯科治療においては、虫歯治療の際の妻物が合わなかったりすることで不具合が生じることもある。また、心因性の要因に気付かずに歯だけの治療を繰り返し、一向に不具合がおさまらないこともある。
歯をいじることは、口の中だけにかかわることではない。歯が痛いからといって、すぐに歯そのものだけの治療を判断するのではなく。ほかにも問題がないか、まずは十分の心の声に耳を澄ます必要がありそうだ。